1 いろんなことが言われているね・・国立大学法人化の風評被害
2
国立大学を国際的に見ると?
3 国立大学の
構造改革
4
なぜ、国立大学を法人化しないといけないのか
5
国立大学の法人化とは?
6
国立大学法人はどのようなものになるのか?
7 職員の身分は?
8 法人化の問題点は?
9
企業会計とは?(ここから会計特論)
10 発生主義とは?
11
運営費交付金は自由に使える?
12 繰越金は使えない
13 行政のスリム化(一般論に戻り
ます)
14 今、何をするべきか
04年になった。国立大学の法人化まであとわずかな時間しかない。
今、何を考え何をしなければならないのか。
1 いろんなことが言われて
いるね
・・国立大学法人化の風評被害
麻紀子: 新年、おめでとうございます。
順一郎: おめでとう。しかし余りおめでとうとも言っていられない。
麻紀子: そうね、イラクも大変だし。
順一郎: イラクでなく国立大学法人化だ。準備のすすみ具合が大学でバラバラだ。
麻紀子: 大変だよね、国立大学が法人化されると。国から「独立」し、国立でなくなって、欧米の大学と同じように民営化される。経営に失敗すれば倒産するかもしれ ないから稼がないといけない。給料も2割も減らされるとか。とにかく今の国立大学よりも文部科学省の締め付けもきつくなって戦後最大の大学制度の改悪にな るのよね。
順一郎: …よくもまあ、そこまでスカタンに聞いたものだ。
麻紀子: え、スカタン?…どこがどう間違っているのよ。
順一郎: … 全部だ、今の全部。
麻紀子: え、全部?だってこの間の新聞に京大の有名なS教授が国立大学が民営化されると意見を書いていたし、大学の教授で倒産すると言う人は多いよ。そ れに今回の法人化による大学制度の改悪で今より悪くなると別の大学の女性教授が新聞に書いていたよ。
順一郎: 自分の研究については極めて実証的に考えるのに、国立大学の法人化となるとどうしてここまで簡単に噂を信じてしまうんだろうか。「国立大学法 人」となるんだよ。名前からして,国立じゃなくなって民営化するなんて言い方は当然間違っているとなぜ思わないんだろうか。法律で設置されるのだから、国から「独立」するわけでもない。「倒産」というのは商法上など で企業や個人に適用される事で、国立大学法人に適用されるのはおかしいよね。
麻紀子: たしかに反論もあるわね。だけどなんだかいろいろな人が難しそうに書いているからよく解らない。
順一郎: 難しく書くことは職業柄やむを得ないのかな。それじゃ簡単に、国立大学法人化を解き明かす方程式を作ってみようか。
麻紀子: え、方程式?頭が痛くなるよ。
順一郎: いやいや、サルにはちょっと無理かもしれないが、小学生にも解る程度の簡単なものさ。たとえば・・「(国立大学法人は)法律で設置される国の組
織である」・・
この程度のものさ。
麻紀子: え?、法律で設置される国の組織・・これだけ?
順一郎: そう、第一の方程式は「法律で設置される国の組織である」これだけ。
麻紀子: なんだ、簡単だ。
順一郎: そう、簡単な4つの方程式で国立大学の法人化の疑問は解ける。
麻紀子: たった4つ・・じゃ、それを教えてよ。
順一郎: 方程式
1 (国立大学法人は)法律で設置された国の組織である
2 中期計画に書いてあることができる。
3 自己責任と外部評価、情報公開
4 損益ニュートラル
麻紀子: じゃ、これでさっきのがどうスカタンか教えてよ。
順一郎: 「国立でなくなる」 これは簡単だよね。第一の方程式 「法律で設置された国の組織」を適用すればいい。
いいかい、「国の組織」とはどういうことか。じゃ、今はなんだろう。
麻紀子: えーと、「国の機関」よね。
順一郎: そう、国の機関、つまり行政機関だ。今の国立大学は官庁でもある。文部科学省の一部局なんだ。で、大学が国の行政機関であることから行政上の法 律がすべて適用され「箸の上げ下げまで」指示されるといわれるようにさまざまな弊害が起こる。これは文部科学省が悪いのではなく国の行政機関であることか ら来ることなんだ。
麻紀子: じゃ、どうすればいいの?
順一郎: とにかく、国の行政機関から出ること、国の直接統制から抜け出ることが実は大学人の悲願だったんじゃないか。国立大学が国の行政機関そのものと いうのはどう見てもおかしい。だから、法人化を含めて検討することが必要だった。実は明治以来この議論はあったんだ。
麻紀子: まだまだ批判はあるよ。法人化後ますます文部科学省の介入が強まる。今まで以上に中期目標・計画で統制が強まる、というのはどうなの?
順一郎: そうではない。弱まる。もし、今までどおりの国立の機関のままならば、行政機関法の適用と、監督官庁の行政指導が行われるその
上に、中期目標・計画、年度計画を策定しなければならないとなるから、そういった批判は成り立つだろう。しかし、法人化は国家行政組織法と国立学校設置法による「国の機関」から国立大学法人法による、「国が
法律で設置する法人組織」となる。このため行政機関に係る法律はほとんど全て適用されなくなり、さらに今まで文部科学省の高等教育局を中心にあった国立大
学への行政機関への指導も原則なくなり、中期目標・計画、年度計画を通じてだけの指導となる。つまり、いったん、全ての規制はリセットされる。白紙になっ
た上で、国民に対する説明責任、国の組織である面から中期目標・計画、年度計画が求められる。これは国立大学である以上、必要最小限と言っていいんではな
いか。国が中期計画を認可するのでなく、届け出制にするべきだと民主党や評論家の櫻井よし子氏は主張するが、国が認可する事に意味がある。つまり、認可し
たことで国に責任が生じる。届け出制では何をしょうと自由だが、国は責任を持てない。各大学が財源の補填無しで勝手に施設を作ると言いだしたらどうなるの
か。法人化が定着し、施設費なども安定した運用ができるようになれば考えればいいことであって、認可制でスタートすべきだろう。しかし、国立である以上、
届け出制は制度的に無理だろう。
文部科学省高等教育局は、留学生課、専門教育課、医学教育課、教員養成課などを通じ、国立大学への行政指導を行っている。これは箸の上げ下げま
でと言われるように文字通り、細部までの指示を行うことになる。一方、私立大学へは高等教育局私学部で3000億の助成金を交付する手続きを行っているだ
けだ。
余り知られていないが、4月からは文部科学省の機構が大幅に改組され、留学生課など国立大学を直接指導する課はなくなる。中期計画だけを通して
指導するということになるから、私学部のような組織、国立大学部というのか、そういう組織が作られる事になるだろう。そうなれば、今のように事細かに本省
に報告し、指示を仰ぐということにはならない。また、その指導は中期計画として公開されるのであるから、現状のように行政機関の内部で行われていることと
比較すれば透明性は大いに増し、「箸の上げ下げ」といった介入ももはやできない、する必要もないということになる。
麻紀子: 学長の権限が大きくなりすぎ、独裁的な学長が出てくれば大学の自治が脅かされるという批判は?
順一郎: どう学長を選出するのかの制度設計をきっちり行えば、この批判は当たらなくなるだろう。
各大学で学長選考方法が検討されているが、大体、教授会メンバーなどの意向投票を認め、解任についての権利も設定される方向だ。
麻紀子: 役員への学外者登用へのアレルギーが強いよ。
順一郎: 大学経営が重要な問題となった点から見れば、経営面での専門家を招くことは必要だろう。任命権は学長にあるのだから、学長の見識でふ
さわしい人を招くことでいいのではないか。今までのような、その大学人だけという「井の中の蛙」状態ではもはやこれからの大学は持たないだろう。
麻紀子: 応用学問ばかりが推奨され、基礎学問が衰退すると言われているよ。
順一郎: まさか、全ての大学がバイオや情報科学系などばかりに集中することはないだろう。基礎をおろそかにすればその大学の将来は暗い。良く
引き合いに出される、インド哲学をどこもやらないというようなことにはならないだろう。印哲などは根強い人気のある学問なんだから、魅力ある講座を開けば
学生は集まるんじゃないか。
ユニバーシティというのは、総合という意味も含んでいる。大学である以上、部分にこだわるのではなく、どう総合性を発揮するかがさらに強く問
われるだろう。基礎分野を重視する大学ということをアピールする戦略もあるだろう。大学は、産業界のためにあるのではない。学生にとって魅力ある大学にす
ることが大事だ。これは役員だけに任しておくのではなく、大学構成員全てが知恵を出し合い、その大学の考え方、ひいては見識を作っていかなければいけない
んじゃないかな。今までは文科省の指示で動けば良かったが、これからは自分で考えて動くしかない。それが法人化の重要な意味だと思う。
麻紀子: 国立大学の法人化というのはどういうこと?なぜ国立大学ではいけなくて国立大学法人にしなくてはいけないの?アメリカやヨーロッパの大学ではど うなのかしら。
順一郎: 先進国でみると、日本の国立大学は3つの点で特殊だ。
1 まず、米、英、独、仏の公的大学はほとんどが法人格を持っている。日本のように大学が国公立の機関そのものというのは先進4カ国では米の州立大学のご
く一部に見られるだけだ。
2 つぎに、欧米の大学はほとんど私立だという人がいるが、これは法人格を持つ公的大学を私学と混同しているだけのことだ。英国のケンブリッジ大やオック
スフォード大は私立だと思っている人は多いが、実は公的大学なんだ。私立はバッキンガム大学一校だけ(「バッキンガム大学はイギリス国内で政府の直接の助
けを受けることのない唯一の私立大学であり、創立以来現在までずっとその独立性を活かして高等教育に対して独特のやり方でアプローチしてきた先駆者的存在
の学校です。」――バッ
キンガム大学ホームページ日本語版から)。
アメリカはハーバード大やスタンフォード大など私立が比較的多い国だが、それでも学生数では州立大学が70%を占める。
このようにほとんどが国立や州立といった公的大学だ。
だから学生数で見れば公的大学が圧倒的に多い。仏は学位授与権を持つ大学はすべて国立大学、100%であるし、英は私学がバッキンガム大学のみで、公的大
学が99%。独は教会立の大学があるが、公的大学が98%。米は先に見たように州立大学の学生数が70%を占める。日本のように公的大学の学生数が20%
しかないような国は先進4カ国にはない。
3 それに日本は公的大学の授業料が特別高い。
麻紀子: なぜ、日本の国立大学だけが国の機関そのものなの?
順一郎: 大学の歴史を見てみよう。明治時代、日本最初の国立大学・・帝国大学、つまり今の東京大学を作る際(1886年。明治19年)に、明治政府は欧
米4カ国、米、英、仏、独を視察している。当時、米・英は法人大学、仏・独は国立機関のままの大学だったと言ってよい。当時、1810年に創設されたベル
リン大学が、従来の中世型の大学から脱皮した、研究と教育を統一するという新しい理念に立脚するなど世界の大学の模範とされていた(初代学長はフィヒテ。
神学、法学、医学、哲学という伝統的学部構成をとっていた。哲学部は後に文学部と理学部に分割されている(1875年)。ヘーゲルがこのベルリン大学の哲
学部で1818年から「エンチュクロペディ」の講義をしている。)。明治政府が帝国大学を創設するのに、ベルリン大学をコピーしたのは当時としては合理的
なことだっただろう。今でも神学部や哲学部を残す大学が海外には多いが、このとき帝国大学が取った法・医・工・文・理という学部構成は、神学部を置かず哲
学部を文理に分離し、さらに工学部を設置した ・・実学である工学を大学の中に設置するというのは欧米では考えられなかった・・ この点で世界的にも画期
的なものだった。しかし、このときのドイツの大学の設置方式は国立機関方式だったため設置方式までドイツ方式を真似したというわけさ。この後、日露戦争の
戦勝(1906年:明治38年)を巡って、ロシアに対する日本政府の姿勢が軟弱だとして、政府を批判する立場から国立大学は国の機関から出て、法人化すべ
きだといった主張がされたりし、明治期は国立機関大学か、法人大学かがけっこう議論されていた。(立花隆
私の東大論18(文芸春秋 1998.11月号))
しかし、大正期以降はそういった議論は見られなくなったまま、第二次大戦に突入し敗戦となった。
戦後、新制大学を検討する際にGHQ(占領軍総司令部)から法人格を持つアメリカ州立大学の管理システムをモデルにした国立大学の法人化案が出された
が、猛烈な反対が起こり、GHQは法人化案を引っ込めざるを得なかったという珍しいことが起こっている。(国立大学法人化
への国際的視点 大崎仁氏(国立学校財務センター所長)) 一方、高等教育機関の改革として、旧帝大、旧制高等学校、旧制大学、専門学校、高等師
範学校、師範学校など高等教育機関を同じ資格の「大学」にしようというものがあったが、これは新制大学として実施された。
その後、大学紛争後の中教審四十六年答申(1971年)でも国立大学の法人化が提言されたが、具体的な政策課題とはならなかった。また、中曾根内閣の時の
臨時教育審議会においても、法人化の問題が取り上げられ、真剣に議論されている。その際の結論は「大学には特殊法人制度は適さない。しかし大学の自主性・
自律性を強化する意味でふさわしい法人の制度があるはずだ。新たな法人の形態を探究することを課題とすべきだ。」とされた。
その検討が行われないまま、平成9年(1997年)の橋本内閣で行政改革会議が独立行政法人を構想し、国立大学については「長期的に選択肢の一つになり
うる」とされた。
国立大の独立行政法人化構想に至る行政改革の流れ
96・11 橋本内閣の下、中央政府のスリム化を目指し行政改革会議」を設置
97・12 行政改革会議が最終報告。国立大については「大学の自主性を尊重しつつ、研究・教育の質的向上を図るという長期的な視野に立った検討を行うべき」
98・6 2001年からのスタートを目指し「中央省庁等改革基本法」成立
99・1 小渕内閣の下、自民・自由両党で国家公務員の定数を25%削減することを合意
99・1 「中央省庁等改革に係る大綱」成立。国立大の独立行政法人化については「大学の自主性を尊重しつつ、大学改革の一貫として検討し、平成15年までに結論を
得る」
99・6 文部省が2000年夏までに結論を出す方針を表明
99・7 「独立行政法人通則法」成立。2001年から90機関・業務、約7万3000人を独立行政法人化する方針
99・9 文部省が全国学長事務局長会議で検討案(特例措置等の検討を行う際の基本的な方向)を提示
平成10年(1998年)には大学審議会が「21世紀の大学像と今後の改革方策について・・競争的環境の中で個性が輝く大学」として大学改革を提案した
ことにより、大学改革と行政改革の一連の動きが重なった。
決定的になったのは、平成11年(1999年)小渕内閣の下での国家公務員25%削減合意だ。約50万人の国家公務員の25%はちょうど国立大学職員数
に見合う。
急速にその方向性が固まり、国立大学の法人化が進行した。こういう経過だ。
日本の国立大学に対して、独・仏はその後法人格を国立大学に与えている。
当初、国立大学の法人化については平成15年までに結論を出し、その後10年くらいで移行していくというものだった。
しかし、小泉内閣の「聖域なき構造改革路線」により、国立大学の法人化が急激に進行した。
※―――※『日本経済新聞』2001年6月27日 「シリーズ 教育を問う」 より ※―――※
5月18日の首相官邸。遠山敦子文科相が、小泉純一郎首相と向き合っていた。
「国立大は独立行政法人化を進める。民営化は難しい」(遠山文科相)
「あなたを大臣にした意味がない」(小泉首相)
大臣が叱責(しっせき)されて、文科省は大学改革にかける首相の意気込みが本気だと悟った。
伏線はあった。ちょうど一週間前の小泉首相の参院本会議での民主党議員に対する答弁。
「国立大でも民営化できるところは民営化する視点が大事」。
同省はこれを「アドリブ答弁」と受け流していたのだ。
文科省幹部は「小泉内閣発足以来、首相に面罵(めんば)されたのは遠山大臣くらい。
首相にかわいがられているからこそ……」と話すが、衝撃の大きさは隠せない。
「改革案を示さないと概算要求が通らない」(小野元之事務次官)という危機感から、
「遠山プラン」「大学(国立大学)の構造改革の方針」(PDF)をまとめた。
国立大の再編・統合、民間的発想の経営手法、第三者評価による競争原理
新しい「国立大学法人」に早期移行、国公私「トップ30 」を世界最高水準に育成 ・・・
――――――――――
麻紀子: トップ30というのは「COE」として発表されて話題になったよね。
順一郎: 「COE」自体は以前からあった。で、「トップ30」というのは生々しすぎることから「21世紀型COE」とカバーされて発表された。東大、京
大が11件、早稲田慶応が5件、立命館が3件、玉川などが1件といった採択件数とその審査内容で話題になった。
麻紀子: 先日の、大学シンポジウム(02年10月26日)「再生・知の拠点―改革に動く大学―京都大学にみる21世紀の大学像」(京都国際会館)で19 世紀型の大学から21世紀型の大学へと言うのがあったけれど、そのことも言ってるのかしら。
順一郎: これは、国立学校財務センター研究部長の天野郁夫氏が言っていた、「19世紀的大学像から21世紀的大学像へ」のことだけれど、ヨーロッパ型大
学、つまりベルリン大学型からアメリカ型大学へ、「知の共同体」から「知の経営体へ」と言うのが天野氏の主張だった。
国立機関型大学は19世紀型と言ってもいいかもしれない。法人大学は20世紀型、更に国際化、企業との研究タイアップ、情報公開など象牙の塔から抜け出
した大学が21世紀型大学といえるかもしれない。
麻紀子: 私たちは国立大学職員としてちゃんとやっているわよ。なぜ国立大学を法人にしないといけないの?
順一郎: 与えられた任務をちゃんとやるのは当然だが、しかし国立大学自体が国民の期待するものでない、時代遅れのものとなっているとしたらどうだろう
か。
文部科学省の杉野大学改革室長が昨年の本学での講演で話したことを覚えているかい?
麻紀子:えーと、こんな話だったよね。
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――「人事・予算は全て大学で責任をもって決めて下さい。 うまくいかなければとどめを刺します。」――
01年10月20日、滋賀医科大学では全学集会が開催され、滋賀大学、京都工芸繊維大学の教職員もこの集会に参加した。
冒頭に、杉野文部科学省高等教育局大学改革推進室長の講演が1時間30分にわたり行われた。
聞きながら、あっと思った。今までの、独立行政法人化のスタンスと全く違うのである。
前半30分は、民営化の議論に対してどう国立大学が必要かの論理を展開してきたかであった。
先の、民主党に対する首相答弁を作成したこと、しかし答弁では小泉首相は答弁そのものは作成原稿どおりであったものの、そのあとに
「国立大でも民営化できるところは民営化する視点が大事」の「アドリブ」答弁(そのときは文科省はそう思っていた)が入ってしまった。
(その後首相官邸に遠山大臣と共に呼び出され、小泉首相から叱責された件は話されなかった)
杉野氏の論理展開は、日本は先進国の中では極めて国立大学が少ない国である。フランスやドイツ、アメリカなど、国立あるいは州立といった違いはあるとし
ても、「公」の大学がほとんどを占めている。これに対して、日本では公立を含めても学生数は20%も占めない。この部分が日本の高等教育を牽引する必要が
あるといった論理であったが、あまり説得力を感じなかったのは私だけだろうか。
国立大学については、99校は多すぎるだろう。90,80は多い。50,60は少ない。70台が適当ではないか。(このフレーズは文科省がどのような意
志で大学統合をしようとしているのかについてヒントになるのではないか。)
後半30分は、国立大学法人はどのようなものになるかであった。
ここでは、中期計画を立て、それに見合った交付金を出すので、大学側で自由におやりになってください、文科省としては口を出しません、人事にしても学長に
ついては文部大臣が任命しますが他の人事については自由にやって下さい、事務局長にしても大学側で人選して頂きますとの説明であった。そして最後に、「人
事・予算は全て大学で責任をもって決めて下さい。 うまくいかなければとどめを刺します。」 (―某参加者―)
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麻紀子: このほかにも、「「東京では、国立大学の評判が非常に悪い。」このことを地方の大学で話したところ、返ってきたのが「そうですか、東京の国立大
学の評判はそれほど悪いのですか」だった。」などの話があったよね。
順一郎: そうだ。地方では、地元の国立大学の評価は東京での東大以上にまだまだ絶対なのであり、疑いの余地を持たない人も多い。しかし大学がしのぎを削
る東京では、私学の、学生に対する努力とその成果は著しい。キャンパスはきれいに、から始まり、学力アップの必死の努力、これは地方大学でも努力が始ま
り、金沢工業大学などは教育付加価値を高めるとした戦略が高い評価を受けている。そして企業への必死の売り込みと就職センターを作る、などは当然のこと。
しかし、国立大学は、法曹界、官吏、医師、教育関係、研究者などの専門職への就職が多く、民間企業に対しても国立大卒の付加価値で就職もそう苦労しなく
ともそこそこいける、と言うのだろうか、こういった努力がなされていなかった。個々に努力する教官はいると思うが、大学としての組織的な取り組みはなされ
ていなかった。
ようやく京大でも、総合人間学部のように専門職養成を目的としない学部を設置したことより、学生の就職支援を行うキャリアサポートセンターを新設した
(『週刊京都経済』2002年6月10日付)。
また、学生が大学にとって顧客であり、顧客である学生に満足さを与える・・CS(Customer
Satisfaction)が必要という発想は、残念ながら無かった。
麻紀子: それだけだったら、国立であってもCSとやらをどんどんやっていけばいいんじゃない?
順一郎: しかし、国立大学の旧態依然の状態、国立からくる制度的硬直性、どう自主性・自律性を持つかなど、国立大学改革の必要性は認識されていたが、進
まなかった。
国立機関大学から自主的大学へ。 学長がCEO(Chief Executive Officer・・最高経営責任者)としての責任感を自覚すること、職員のプロフェッショナル化などが、これから 国民に期待される国立大学として必要で
はないか、そのためにはまず何らかの形で官庁大学から脱却し、自主性を発揮できる国立大学となる必要があるだろう。そのためにはきちっと制度設計された法
人格を持つことが最もいいのではないか。
麻紀子: こんなメールが来ているよ。
「教務担当なのですが、法人化で何をすればよいのか分かりません。会計や人事は大変な業務がありそうですが、教務系では何をどう変えればよいかが見えてき
ません。」
順一郎: ここが一番の問題だ。会計や人事は大学改革の主題ではない。教務が一番の主題。つまり、教務が大学にとって学生が顧客であるというCSの意識を
持つことが重要だ。会計は、会計基準というスタンダードがあり、監査法人のバックアップやシステムベンダーからの情報で見えてくる部分もある。教務は意識
改革と言う点で見えにくいが、最も重要だ。
こんな話がある。国立大学と私立大学の違い、何が違うかというと、私立大学はまず学生がいる場所を設計する。国立大学は学長室から始まって、学部長室、研
究室、管理部門と設計していく。そうすると学生がたむろするスペースなんか出てこない。ここの意識改革がまず必要だ。学生は、顧客、お客様なのだ。ここで
言うお客様というのは、甘やかし、「お客様は神様です」と祭り上げるのではない。きっちりと教育し、医療の世界に出ても困らないような知識と常識を身につ
けさせることだ。「厳しかったけれど、この大学で十分な教育を受けられた。また、社会人医師としての常識、素養も身につけることができた。この大学を卒業
して良かった、後輩にも自信を持って推薦できる」と言われるような大学にしないと。「単位取得は簡単だし、学生指導も何もかも甘い。卒業するのは易しいけ
れど、医師になってから苦労するよ。他の大学に行った方がいいよ」と学生に見向きもされなくなれば、・・その大学は法律で・・廃止するしかない。文科省の
杉野室長の言う「トドメを刺します」ということになる。
麻紀子: 国立大学法人となっても私立になるわけでなく,「国立」のままなんだよね。法人なのに国立,というのはどういうこと?
順一郎: じゃ、「法人」の意味を改めて確認しておこう。そもそも「法人」ってどういうこと?
麻紀子: えーっと,私学は学校法人でしょ。病院の医療法人とか、財団法人、社団法人,企業も法人だよね。
順一郎: その通り。法律用語では生身の人間を「自然人」と呼ぶ。生まれると同時に、さまざまな権利や義務が発生し、一定の年齢に達することや、結婚する
ことなどによって権利や義務が拡大していくよね。自然人同様に権利義務の主体としての「人格」を法律で与えたものが「法人」というわけさ。
麻紀子: 法人になると、どんなメリットがあるの?何ができるの?
順一郎: それぞれの設立と行為の範囲は,法律できちんと定められている。私企業は自由度が高いけれど,色々な法の制約がある。一番,公的なものは自治体
かな。
麻紀子: 自治体って,県とか市とかいう? それが法人なの?
順一郎: 意外に思うかもしれないが、地方自治法第2条に「地方公共団体は、法人とする。」と明記している。
麻紀子: 知らなかった。と,いうことは,地方公務員って,法人職員なんだ。じゃ、国はどうなんだろうか。これも法人なの?
順一郎: 国は当然自然人じゃない。美濃部達吉の「国家機関説」といった説がなされるように、国も実質的には法人なんだ。様々な法律で国の権利、義務を定
めているが、地方自治体のように法律で明確に法人であると規定していないだけのことさ。
麻紀子: 地方自治体が法人格を持ってもいいんだね。民間ではないのに?
順一郎: 法人格を持つことと,公共性を持つことは矛盾しない。先に見たように、自治体も先進国の公的大学もほとんど法人格を持っている。
麻紀子:でも国立でなくなるんだよね?民営化され「倒産」するという人もいるけれど?
順一郎: 国立大学法人化問題について,「国立でなくなる」「民営化される」という言い方はインパクトが強いので,今だに好んで口にする人がいるが,甚だ
しい誤解だ。2001年4月に独立行政法人に移行した59機関の個別法でも,名称の「国立」については,国立博物館など12法人が称している。
といって,その12機関が他の機関と性格が異なることは全くない。従来の呼称を残したまでのことだ。「民営化」でなく、「民間的経営手法を取り入れる」と
いうだけのこと。「国立の機関」ではない(あえてこういわざるを得ないようだ)が、あくまでも法律で設置され、税金で運用される「国立」の「組織」である
には間違いない。また、「倒産」すると言われるが、経営の失敗などがあれば学長など役員は責任を追及されるが、国立の組織を「倒産」させるわけにはいかな
いじゃないか。(現在、「破産法」の見直しが行われ、法人の破産も検討されている。しかし独立行政法人はスコープ(視野)に入っていない。) 中期計画の
期間終了後、評価を行いその国立大学法人がいらないと判断されれば、その時は法律で廃止するしかない。つまり、文科省の杉野室長の言う「とどめを刺す」こ
とになる。
麻紀子: 国立大学法人は学校法人である私学とどう違うの?
順一郎: 正確に言えば,私立学校は学校教育法で定められている機関で,法人格を持っているのは,設置者である学校法人だ。学校の長である学長・校長と法
人の長である理事長は別。同一人物であることもあるが。
私学は多額の運営費補助金を,大学は国から(支出額の15%程度),高校以下は国と自治体から得ている。これを違憲だという人もいるがとんでもない。あ
くまで公的な存在だ。設立や組織の改編など許認可が必要なことが多いし,財政基準も公的に決まっている。
それにしても人事権などは独自のものだし,財政の自由度は比べものにならない。一族で私物化している例は,珍しくないけど。
麻紀子: 国立大学が法人化すると,設置者は法人なの,国なの?
順一郎: 文部省内に作られた「国立大学の独立行政法人化問題調査検討会議」の中では,「設置者は誰なんだ?」ということが,まともにやりとりされてい
た。大学ではないが,先行した独立行政法人は,機関自体が法人だし,機関の長と経営の長が別にいる,という例はない。設置法人を国が設置する,という二重
構造は不自然だが、今の国立大学法人法案からすると結局そうなりそうだ。
麻紀子: じゃ、私学と同じように国立大学法人が国立大学を設置するということになるのね。だけど国立大学法人法案では理事長というのはないよね。
順一郎: 民法52条で「法人には1人又は数人の理事を置くことを要す」としているだけだ。理事長を必要とするかは法人の判断になる。実質、地方自治体な
どでも知事や市長といった首長を定めるだけで、県の理事長といったものは定めていない。
しかし、国立大学法人と国立大学との二重構造になるのなら、法人の長は理事長、大学の長は学長とするのが自然だ。法人の長が学長というのは、どう見たって
「いびつ」だ。法人の長(理事長)=学長と、どこかでしておけばいい事なんだが。
国立大法人化法案によると、運営上の重要事項は学長と理事で構成する役員会で決める。理事数は各法人ごとに教職員数などを基に法で定める。
学長は心身の健康状態、職務上の義務違反、業績悪化を理由に理事を解任できる。半面、同様の理由で学長選考会議が学長解任を発議し、これを受けて文科相
が学長を解任することもできる。
独立行政法人通則法も準用、文科相が立ち入り検査で帳簿類を調べることも可能にする。
国立大学法人は教育面と経営面をそれぞれ「教育研究評議会」と「経営協議会」に委ね、経営協議会には過半数の学外委員を置くことで学外の斬新な発想を取
り入れやすくする。
産学連携推進や業務の効率化を図るため、従来の国立大学では認められていなかった出資規定も盛り込んだ。出資の対象としては技術移転機関(TLO)など
を想定している。
財務・会計面では長期借入金や大学名を冠した債券発行も規定、長期的には新たな外部資金調達への道を開く可能性もある。ただ、市場での格付けなどもない
ため、当面は国立大学財務・経営センターから資金を調達することになるという。
運営費交付金は「第三者評価」の結果で算定額が変わり、「頑張った大学が報われるようにする」(同省)という。六年間の中期計画に基づき、教育研究面は
「大学評価・学位授与機構」が評価。結果を踏まえ新設の「国立大学法人評価委員会」が運営面や財務内容も含め総合評価を下す。
法案が成立すると、全国で八十九の国立大学法人が誕生する。
授業料や評価基準
具体論まだ見えず
国立大学法人化の根本法がまとまったが、新しい国立大の入学金や授業料の水準がどの程度変わるのか、いつ決まるのかなど身近な問題は明確ではない。政省
令や今後の財務省との折衝で決まる部分も多く、制度の全体像はまだ見えない。
各大学への交付金配分を決める法人評価委員会の構成も、文科省は「世界レベルの有識者で並み居る国立大学長にものが言える人材を」と説明するが具体像は
示されていない。評価基準も今年十月の委員会発足まで決まらないという。
法人化後は大学の営業努力≠ナ一定範囲で収益を次期に繰り越すことも可能になるが、どこまで「努力の成果」と認めるのかの線引きも不透明だ。人事異動
のあり方や労務対策などの課題も山積している。
7 職員の身分は?
麻紀子: 「国立大学法人」の職員は非公務員型となったよね。他の独立行政法人はどうなのかしら。
順一郎: 職員の身分は機関ごとの法人設立時に個別法で定める。「独立行政法人通則法」によると,公務員型の「特定独立行政法人」と非公務員型とがある。 すでに移行した独立行政法人や、16年4月に移行される予定の国立病院などのほとんどが「特定独立行政法人」、つまり公務員型で,「国立青年の家」など4 つが非公務員型で,例外的だ。
麻紀子: 最初は公務員型で行くという話だったと思うけど。
順一郎: 文部省が1999年9月20日に示した「国立大学の独立行政法人化の検討の方向」においても、「長期的な観点に立った自主的・自律的な教育研究 を可能とし、かつ、教育研究の活性化の観点から法人間の異動を促進するため、国家公務員とする」「教員人事について、大学の自主性・自律性を担保するた め、原則として教育公務員特例法を前提に、適用すべき範囲を検討する」としていた。しかも、こうした立場は、「調査検討会議」の「中間報告」が出される直 前の「中間報告(案)」2001年8月9日)までは変更されていない。
この後、
―――【経済財政諮問会議】(改革工程表)平成13 年(2001年)9
月26 日――――――
○国立大学を早期に法人化するため、非公務員型の選択や経営責任の明確化、民間的経営手法の導入など平成13
年度中に国立大学改革の方向性を定める(14年3 月までに措置)―――――
で非公務員型が明確に出され、
決定的になったのは、
―――【総合規制改革会議】――――――――――――――――――――――――――――
(規制改革の推進に関する第1 次答申)平成13 年12 月11 日
○大学や研究機関にとっての「生命線」は人材であるが、国立大学においては教職員が公務員であることによって自由な採用、能力や実績に応じた処遇が行われ
にくい。また、企業との兼業をしたりベンチャー企業を立ち上げたりすることなどに対して制度的制約が存在しているなどの課題が指摘されている。
独立行政法人においては、公務員型・非公務員型とも、給与・勤務条件について人事院のコントロールは受けないことになっており、現状の国立大学に比べると
自由度が増すが、公務員型では依然としてその性質から一定の人事管理上の制約がある。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
この答申だった。つまり、文部科学省や国立大学外の「外圧」の影響によって非公務員型が選択された。
麻紀子:教育公務員特例法が問題になっていると聞いたことがあるけど。
順一郎:教育公務員特例法はずしが一つの狙いだろう。教特法があるかぎり学長などのリーダーシップは発揮できないという意見は強かった。「新しい「国立大 学法人」像について」でも、教特法は全く無視されている。
麻紀子:公務員型と非公務員型って、どう違うの?
順一郎:公務員型は、国家公務員法、人事院規則など国家公務員に適用される全ての規程が適用される。つまり、「完全公務員型」と言っていいかな。一方、非
公務員型は最も国家公務員の規制を外した形、これ以上は規制をはずせませんよというのが「非公務員型」で、「見なし公務員」とも言われる。元の三公社
(NTT、JR、JT)や特殊法人も「みなし公務員」だ。
先行独立行政法人の優等生と言われる「日本貿易保険機構」は、公務員型の規制をきらって自らこの非公務員型を選択している。
「みなし公務員」
1 刑罰について公務員と同等の扱いを受ける
2 医療保険・年金は共済組合を継続
3 国家公務員宿舎貸与も継続できる
公務員型と非公務員型の比較
http://m.iwa.hokkyodai.ac.jp/rs/admin_corp/employee/compare/index_j.html
麻紀子:非公務員型で公務員じゃなくなる訳ね。
順一郎:見なし公務員も一種の公務員だ。国が法律で設置する組織で、身分的にも一定の規制を受け、国の運営費交付金等の支給を受けるのだからね。 最も規制の緩い、「自由形公務員」とでも言えばいいのかな。
麻紀子: 国立大学の学長が、運営費交付金の削減に反発し、予算が削減されるならば「学長職返上も」と報道されたよね(12月9日)。
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国立大予算削減 「学長職返上も」
国大協 文科省に対応迫る
財務省が国立大学法人に配分する予算を削減する方針を文部科学者に伝えていることを受け、国
立大学協会の佐々木毅会長(東大学長)らが八日、文科省に御手洗康事務次官を訪れ、この問題を慎
重に取り扱うよう要望した。佐々木会長らは要望後の記者会見で「要望が拒否されれば学長職を返
上することも念頭に置いている」と述べた。
財務省は来春法人化する八十九の国立大学に配分する運営費交付金約一兆円について二〇〇五年
度以降、教育研究費を一%、事務職員の給与や光熱費など一般管理費を3%、それぞれ削減するよう文科省に求めている。
記者会見した佐々木会長と石弘光副会長(一橋大学長)は、国立大学への予算配分は期間六年の中期目標の達成状況の評価を踏まえる法人化の仕組みを指摘。
「なぜ評価も受けていないこの時期に予算の削減を決めなければいけないのか」などと不満を示した。(日経新聞)
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麻紀子: 労働法関係も大きな問題となっているようね。
順一郎: 労働基本権を制限するための代償
として人事院制度があるが、はなはだ不十分な機能しか備わっていない。非常勤職員の処遇、勤務条件や労働安全衛生法など、解決の困難な問題が山積してい
る。大学病院では、医師の当直が、当直ではなく勤務であるとの労基署の解釈で大きな問題となってきている。また、県の労基署ごとに解釈が異なるケースも多
々出てきており、混乱に輪をかけている。
麻紀子: 「独立行政法人は企業会計原則に基づく」と独立行政法人通則法にあるけど,企業会計の原則と言っても,営利目的というわけじゃないんだよね。
順一郎: おいおい,「企業会計原則」は固有名詞だ。間に「の」を入れて普通名詞にしてはいけない。
麻紀子: えっ,「企業会計原則」って,どこかで法律の条文みたいに決まっているの?
順一郎: 大蔵省の企業会計制度審議会が定めたものだ。ひとことで言えば、「損益計算書」と「貸借対照表」を作って,1年間のお金の流れ(フロー)と資産 の状態(ストック)を公開し,株主などみんなにどれだけ利潤を生み出したかをわかるようにしようとするものさ。
麻紀子: なるほどね,公開性が大切,というような気がするね。
順一郎: そうだね,自治体でも貸借対照表を作るところがでてきている。国でも、官庁会計だけでは問題があるとして貸借対照表の試算を始めている。
麻紀子: 何が問題なの?
順一郎: 官庁会計、単式簿記では小遣い帳と同じで、一年間にこれだけ予算を使いましたということしか解らないからさ。結局、後年度へのつけ回し等が解ら
ないままで国家財政が破綻状態になってしまった。
財
政構造改革の前提条件として まずは、財政実態を正確に把握できる会計制度インフラづくりを
(猪瀬直樹 新・日本国の研究)大久保和孝(おおくぼかずたか) 新日本監査法人(公認会計士)
しかし,企業会計原則において重要なのは,よくも悪くもコスト概念、利潤が中心であることだ。企業会計原則で行政体を見れば、ある行政サービスに対し
て,どれほどのコストを要するか,利潤を生み出したかをシビアに見ていくことになる。
麻紀子: コストのかかること、利潤を生み出さないことはしない,ということか。
順一郎: そんな単純なことじゃない。たとえば,無償の福祉サービスのような場面は,営利企業の行動原理にはない。
麻紀子:じゃぁ,「企業会計原則」は,行政体にはなじまない?
順一郎: 総務庁は,99年3月に会計の専門家を集めて「独立行政法人会計基準研究会」を設置している。そこでの論点は,「企業会計原則は……営利企業と
制度の前提や財務構造等を異にする独法にそのままの形で適用すると、本来伝達されるべき会計情報が伝達されない、あるいは歪められた形で提供することにな
りかねない。」としている。
2000年2月16日付で最終報告書「独立行政法人会計基準」「独立行政法人会計基準注解」が公表されたが、これは,「企業会計原則」とはずいぶんと性格
の異なるものになっている。
(平成14年4月の商法改正に伴い、「法定準備金」は「資本剰余金」に、「剰余金」は「利益剰余金」に、「その他の剰余金」は「その他の資本剰余金」に
科目名が変更されている)
固定資産では「施設費」の取扱い,「調達形態(取得財源)」別の処理,「特定の償却資産」の損益外減価償却等,固定負債では「資産見返負債」等の資産見返
勘定,国からの予算の示達にかわる「運営費交付金」ではその受入・収益化等の処理,また,利益処分における「資産見合剰余金」「目的積立金」等が行政法人
特有の処理となっている。
(図書
館員のための大学法人会計入門 http://www.library.tohoku.ac.jp/kiboko/27-3/kbk27-3-
5.html)
会計の専門家で民間企業しか知らない者が「資産見合剰余金」や「目的積立金」などを見れば、あまりにテクニカルなので「何じゃ、こりゃ」(「ふたりっこ」
の香子)と言うことになるだろう。
さらに、特殊法人の独立行政法人化が進められている。
――――――――――――――――――――――――――――――
この際に適用する新たな独法会計基準の検討が、財務省と総務省の共同ワーキングチーム(WT)で進められた。WT専門委員の泉澤俊一・朝日監査法人パブ
リックセクター副部長は、同監査法人主催のフォーラムで議論の経過を講演。その主な原因が自己収入のない試験研究機関などを前提に制度設計した独法制度へ
特殊法人を当てはめる困難さにあるとした。
独法は業務運営の財源を運営費交付金に依存する仕組みであり、中期計画に沿って通常の運営を行った場合、損益が差し引きゼロ(損益ニュートラル)になり
債務超過になることはない。しかし、特殊法人は国の政策の一環として超低金利の融資など初めから赤字が見込まれる事業を行い、大きな累積赤字を抱えている
場合が多く、既にマスコミの餌食になっている特殊法人(住宅金融公庫、年金福祉事業団など)も多い。
泉澤氏は、財務情報が国民世論をミスリードすると警告し、そうした問題に対する政府の制度的な担保が必要ではないかとし、正確な組織の財務状況、業務の
実態を把握するための企業会計方式であり、独法化であるにもかかわらず、特殊法人制度が元々抱えている特性を放置すれば、独法化そのものの意義が問われか
ねないという問題提起をしている。
(会計検査情報 14.10.31)――――――――――――――――――――
順一郎:「企業会計原則」だって、山一や長銀の破綻が外からわからないようにできた,ということもあり日本の原則に対する批判もある。国際的にも、エンロ
ンとアンダーセンやドットコムの問題もあり、国際基準の見直しも考えられている。財政の専門家ですら,いや,専門家だからこそ,根本的矛盾に悩まされてい
るのが現状だ。
10 発生主義とは?
麻紀子: 「企業会計の特徴は,発生主義だ」ということだよね。発生主義で真のコストを把握するんだよね。
順一郎: そう,公会計は「単年度主義」,企業会計は「発生主義」といわれる。「発生主義」とは,現金を支出した時点でコストを認識するのではなく,経済
的事実が発生した時点において認識する考え方だ。
「発生主義会計により真のコストを把握する」とはどういう意味かを考えてみよう。
(例)A市はX1年度期に30億円かけてB図書館を設立した。B図書館の運営には、人件費および諸経費で毎年3億円を支出している。また、X3年度末には 図書館勤務者の退職金6千万円が支出された。便宜上、B図書館は3年間だけ使用・運営されるものとする。
この例を公会計の方式で処理すると、X1年度に工事請負費を全額予算化(費用計上)し、X3年度に退職金を全額予算化(費用計上)する。
これに対して、企業会計では発生主義の考え方に基づき、図書館の使用期間や職員の勤務期間にわたって、これらのコストを負担するものと考えるので、工事 請負費と退職金を費用配分する。これが、「発生主義会計によって真のコストを把握する」ということであり、民間企業との比較や経年比較する際に役立つ。
麻紀子: なるほど,施設は支出した年度だけ使うわけじゃないし,退職金だって長く働いた分に発生するものだものね。校舎は長く使うけれど,予算がつく年 度は限られているものね。私学はそうしているの?
順一郎: 私学は「学校法人会計基準」に基づいているが,大体こんなものだ。校舎を建てると,修理は別としても年ごとに価値は減少する。その分を経常経費
から帳簿上支出すれば,校舎プラス現金の額は同じで,資産は維持できる。
麻紀子: 償却が終われば,たまった現金で,新築ができるね。
順一郎: まあ,現金で手元に置かずに運用するだろうけれどね。ところが,「国立大学法人会計基準」ではそうはいかない。たとえば校舎を建てたとしても,
年度ごとに損益計算書の中で,減価償却費を計上することはできない。
麻紀子: どういうこと?校舎が老朽化して,新築することになったら?
順一郎: 中期目標で「施設費」を要求するか、長期借入を行うか、学校債を発行するかだ。「施設費」の場合、国の予算から「施設費」という形で建設費が出
る。それは,法人の意思では決定できないことだから,法人の負担するコストの範疇に入れないということだ。
麻紀子: それって,今までと変わらないじゃない?
順一郎: ずばりその通り。「単年度主義」そのものだ。退職金にしても,発生主義では引当金、つまり今では資本剰余金として留保することになるが,中期目
標期間で退職が予定されていれば引き当てない。つまり、それは国が面倒を見ますから、引き当てることはないですよ、ということ。「企業会計原則」とは相当
ずれていることは確かだ。財政面の自律性は極めて低いわけだ。
麻紀子: うーん,ずれているというか、「単年度主義」はなくならないんだね。
順一郎: 貸借対照表上は,減価償却費を計上する。でも,その補償をしないから,貸借対照表による資産管理の意味はほとんど薄れてくる。貸借対照表を作る
だけでも,膨大な手間をかけることになるけれどね。
企 業会計と独法会計の相違点
1 国大法人は利益の獲得を目的としていない。企業で支出をするのは、より多くの収益を挙げるためであるが、 国大法人で支出をするのは、公共的な事業を確実に実行するためである。
2 国大法人は独立採算制を前提としていない。国は国大法人の事業運営のために、必要な財源措置をすることと なっている。したがって国大法人の収入源は、国からの交付金と自己収入がある。
3 国大法人は(事業の主体ではあるが、基本的に国の政策に従うべきもの であり、)独自の判断で決められない部分がある。一方、国大法人の会計データは、国大法人の業績を評価する手段としても使われる。
4 国大法人は民間企業のように出資する資本主を予定していないので、発生した利益を資本主に配当することは ない。
◆貸借対照表について◆
1?資本金は、国大法人の財産的基礎を構成する資産と して、国から無償で譲り受けた国有財産の現物出資である。具体的には、土地・建物・構築物にあたり、詳細については、附属明細書に記載される。
2 国有財産以外の物品その他財産については、無償で譲渡される。具体的には、車両や備品類であり、資産を入 手するために物品の形で受け入れた資金源として、残存価額が50万円を超えるものは資産見返物品受贈額として、またその他のものは物品受贈額などとして表 わされる。
3?国大法人の減価償却の会計処理は、資本の価値を減 少させる手法をとる。一般の償却資産については、(借方)減価償却費/(貸方)減価償却累計額という仕訳が起きるが、例外的に現物出資を受けた特定の償却 資産については、損益外減価償却累計額として表わされる。
4?国大法人の運営のために国から交付される運営費交 付金は、交付された時点で国から大学運営を実行すべき債務を負わされたことになるので、運営費交付金債務として表わされる。
■損益計算書について■
1?国大法人が中期計画に沿って通常の運営を行った場 合、運営費交付金の財源措置が行われるため、損益は均等(損益ニュートラル)するように国大法人固有の損益計算の仕組みが構築されている。
?具体的に、償却資産購入の場合、
@「運営費交付金債務」を「資産見返運営費交付金」(固定負債)に振り替える。
A「資産見返運営費交付金」という勘定は、固定資産の取得価額相当額の運営費交付金債務を一旦取崩してプール しておく勘定である。
B「資産見返運営費交付金」から減価償却をした分だけ収益に振り替える。
C仕訳的には、「資産見返運営費交付金戻入」という勘定で減価償却費と相殺され、プラス・マイナス0となる。
2?運営費交付金収益の計上基準は、「期間進行基準」 を採用しているので、業務のための支出 の都度収益化することになる。
3?受託研究の収入については、運営費交付金のような 特殊な会計処理はなく、一般の企業会計の処理を行うことになるので、受けた委託料債務全額を収益化する。
したがって、損益計算上は、受託収入より購入した償却資産の減価償却の未償却残高が当期純利益額に反映す
る。(受託収入:○○○円のうち、未償却残高:●●●円)
麻紀子: 今まで予算といっていたものが,運営費交付金,という形で国から交付されるんだよね。費目が細
かくないから自由に使えるという。
順一郎: そのとおり。中期目標、計画の範囲内なら何に使ってもかまわない。全て旅費に充てようが、賃金に充てようがA講座がすべて使おうが、それで中期
目標が達成でき、評価されるならかまわない。しかし、そういうわけにはいかないから、予算配分や予算統制は必要になってくる。このところで君が帳簿をつけ
るんだったら,運営費交付金は収支のどちらに書く?
麻紀子: お金をもらうんだから収入でしょ?
順一郎: 実は,「独立行政法人会計基準研究会」でも収益か負債かで,議論されたところなんだ。結論は「負
債」として計上する。
麻紀子:「負債」・・借金じゃないの。それはどういうこと?
順一郎:国立大学法人は、言ってみれば請負をするようなものさ。国立大学法人という、特別な性格の法人が、研究、教育について中期目標、中期計画でこのよ
うな事業をしますので運営費交付金を下さい、と。
麻紀子:で、承認されたら運営費交付金がもらえるというわけね。
順一郎:そう。しかし請け負ったものの、まだそれに対する結果がでないとしたら?
麻紀子:その間は預かっているというわけね。
順一郎:そういうことだ。よく理解してくれた、感動した! でも、君が指輪でも買ってしまったらどうなる?
麻紀子:指輪は買わせるものよ。ちょっと、変なところへ脱線しないでよ。
それでも負債?買っちゃったら返せないわ。
順一郎:君が買う目的で生じた負債だから,指輪を買った時点で「収益」が生じる。
しかし、指輪は「収益」と評価されなければ,現金が消えて負債として残る。
麻紀子:それは困るわね、主婦感覚としては。
順一郎:たとえば運営費交付金の中から君に給与として800万円支払ったとして,君が600万円分しか働
かなかったらどうだろう?
麻紀子:勤務評定ってことね。200万円,大学法人が国に返すの? それとも私が返すの?
順一郎: 誰がいくら分働いたって,誰が決めるのさ。逆に君がすごく頑張って1千万円分働いたって評価で
きても,1千万円あげることはできない。法人にとって,君に800万円支払った,てことが,800
万円の交付金負債を収益化したって評価するしかない。査定というのは全く別次元の問題だ。物件費も
そう。その値段のものを買えば,その額の交付金負債が消えることになる。
麻紀子:うーん,主婦感覚ではよくわからない。
麻紀子: 今まで年度使い切りだった予算が,繰り越せると聞いた。これは少なくともプラスだよね。
順一郎: これは非常な誤解を生んでいる。実質は、繰り越せないと思ったほうがいい。中期計画で年度にまたがって支出が予定されていれば別だが,基本的に
会計は年度ごとだ。
麻紀子: え?運営費交付金が1億円だとして,それを8千万円ですましたら,2千万円は繰り越せるんじゃなかったの?
順一郎: 年度末で,負債は収益化する。その年は2千万円の収益となる。だが,国からは必要な行政サービスを行わなかったとして,不当な利益と見なされ
る。2千万円は積立金とし、中期計画終了時に返還する事になる。
麻紀子: 何だ,使い切った方がいいんじゃないか。今までと同じだ。じゃ、繰越金が使えるというのは、何のこと?
順一郎: 目的積立金の制度が誤解を生んでいる。目的積立金については、「会計検査情報」(平成14年(2002年)10月31日)の朝日監査法人公認会
計士・金子靖氏の解説)「目的積立金および旅費の取り扱いについて」が詳しい。これとほぼ同じ制度設計がなされるとすれば・・
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
独法通則法によると、独法は毎事業年度、利益が生じた場合は主務大臣の承認を受けて、中期計画に定める剰余金の使途に充てることができることとされていま
す(第44条第3項)。これを独法会計基準においては目的積立金と称しています。この積立金は独法の経営努力の結果生じたとされる額であり、経営努力認定
の考え方については会計基準において、以下のような規定があります。
<参考>経営努力認定の考え方について
1 利益の処分に関する書類における「通則法第44条第3項により主務大臣の承認を受けた額」(承認前にあっては「通則法第44条第3項により主務大臣の
承認を受けようとする額」)は、独法の当該事業年度における経営努力により生じたとされる額である。
2 上記1の額の処分先としては、独法自体の動機付け確保の観点から決定することとなるが、独法の公共性等の性質により、その処分内容についてはいかなる
ものであっても主務大臣の承認さえ得られれば認められるというものではなく、合理的な使途でなければならない。
3 「通則法第44条第3項により主務大臣の承認を受けた額」が、独法の経営努力により生じたものであることについては、業務運営の財源を運営費交付金に
依存する独法にあっては、独法が自らその根拠を示すものとする。
4 具体的には、以下の考え方によるものとする。
(1)運営費交付金に基づく収益以外の収益から生じた利益については、経営努力により生じたものとする。
(・・つまり、運営費交付金を残しても経営努力の収益じゃないですよ、使い切りなさいと。・・)
(2)中期計画(年度計画)の記載内容に照らして、本来行うべき業務を効率的に行ったために費用が減少した場合には、その結果発生したものについては、原
則として経営努力によるものとする(本来行うべき業務を行わなかったために費用が減少したことと認められる場合には、経営努力によらないものとする)。
(3)その他独法において経営努力によることを立証した場合は、経営努力により生じたものとする。
自己収入からの利益を計上
目的積立金を計上できるかどうかは、上記4の具体的な考え方に沿って判断することになると思われます。すなわち、運営費交付金ではなく、自己収入から生
じた利益であって、年度計画に記載した業務はすべて完了していることが必要となります。技術的には、発生した費用を財源別に分類、整理して、自己収入から
生じた利益であることが明らかになればよいと考えます。
ただし、目的積立金の承認のためには、主務大臣は、事前に評価委員会の意見を聴取し、財務大臣と協議することとなっています(通則法第44条第4項、第
67条第3項)。実務的にはこちらに注力することが必要になるものと思われます。
財務省が目的積立金に関して注意を払う点は以下のものに要約されます。
まず、目的積立金の金額に資金的な裏づけが必要であることです。目的積立金は中期計画において使途を定めた積立金であり、取り崩しに当たっては相当額の
資金が必要となります。
従って、目的積立金として計上できる金額は、貸借対照表に計上されている現金預金の金額から、未収金、未払金等を加減算した金額がその上限となります。
次に、利益の発生源泉を分析することが必要となります。損益計算書における当期総利益は、運営費交付金を財源とするものと自己収入を財源とするものとが
混在しています。
運営費交付金から生じた利益は目的積立金として整理することは認められないため、目的積立金の源泉は自己収入からであることを明らかにするため、分析す
ることが必要です。
最後に、自己収入が年度計画における予算を上回っていることが求められます。
目的積立金とした額がたとえ自己収入から生じているとしても、年度計画未達の状態では独法が経営努力をしたとは認め難いためです。
―――(=朝日監査法人公認会計士・金子靖氏)―――――――――――――――――――
順一郎: 自己収入からの利益だから、たとえば大学附属病院の収入を元として、さまざまな経営努力の結果生じた利益で、しかも自己収入が年度計画における
予算を上回っていることが必要さ。目的積立金は中期計画で使途を定めておいた積立金で、取り崩しには相当額の資金が必要だと。
これを主務大臣、つまり文部科学大臣と財務大臣に認めてもらえばいいだけのことじゃないか。
麻紀子: ・・・こんなの、財務省が認めるの?・・・
順一郎: 先行独法でも目的積立金の承認申請をしたが、ほとんど認められていないのが現実さ。
麻紀子: じゃ、努力するだけ無駄じゃないの。
順一郎: 会計検査院に格好の餌を示すようなものだから、財務省も認定は難しいだろう。
麻紀子: なるほど、会計検査院とすれば、ここに餌がありますよ、と言われているようなもので、さっきの条件のどこかを否定すれば、不当な認定だったと指
摘事項にできるわけね。
麻紀子: 大学法人化は行政のスリム化を図る一環でもあるね。納税者の立場からはプラスだけれど,どうやらそうじゃないみたいだね。
順一郎: 大学法人化は、大学改革の一環であるし、また行政改革の要請もある。本来,行政改革の議論の出所は国の財政の健全化だ。国の財政が悪化している
のは,独立行政法人化する出先機関への支出でなく,利益誘導型の公共事業を続けたからだ。
麻紀子: これまでの話だと,独立行政法人の単位での財政努力が無駄みたいだね。
順一郎: 少なくとも国(財務当局)から見れば,今まで通りの支出を続けるしかない。支出を減らしたければ,サービスを低下させるしかない。それと法人化
とは全く別のことだ。国の機関を独立行政法人化してもそうそう財政が上向くわけじゃない。
麻紀子: 授業料が上がる,と言われるが。
順一郎: 日本の国立大学の授業料は、先進国の中では特別高い。ドイツは授業料は無償。法人格を持つアメリカの州立大学やフランス、イギリスの大学は,授
業料がほとんどないに等しい。また,大学ごとに授業料を変えたとして,大学の格の序列の中で,受験生の動向を拡大するだけだろう。学生からとれる物は取る
などと考えて授業料を上げるのは自殺行為( 大崎 仁 )。逆に安い授業料を設定するというのも戦略としてあり得る。しかし、簡単に一律主義から出られ
るものじゃない。
授業料は法人化では現在の授業料と同額の52万8百円の標準額が設定される見込みだが、名古屋工業大学は、2005年度から年1%値上げするつもりだ。柳田学長は「講義のレベルが高い象徴として1%アップをアピールしたい」という(「大学激動」朝日文庫)。
麻紀子: 値上げや値下げするところはそれなりの理由があるのだろうけれど、そうでない大学は国立大学法人で授業料の協定をすればいいんじゃないの?
順一郎: 公取委が黙っちゃいない。すでに国立大学協会は、授業料を各大学が足並みをそろえる動きをすれば「独占禁止法違反になる」と公取委から授業料をめぐるカルテルを指摘され牽制されている。
麻紀子:給与も一律じゃなくなり,人事交流が活性化するというけど。
順一郎: 今でも環境の上で,大学間の序列は歴然とある。かえって人事の固定化が進むな。大体,人件費コストはそうそう削れないよ。
麻紀子: 賃金なんかも,交渉で決めるわけ?
順一郎: 給与は,就業規則と同様,法人ごとに決めるのが原則だ。過半数組合があれば,一方的に法人が決めるわけにはいかない。
麻紀子: 今までの人事院勧告制度から,簡単に変えられるのかな?
順一郎: 現実には,公益法人でも人勧の表をそのまま使っているところが圧倒的だろう。
自治体の人事委員会も人勧の表をそのまま用いて運用している。
麻紀子: つまり,あまり変わらないってこと?
順一郎: でもない。独立行政法人通則法では,勤務成績を,給与に反映させるのが原則だからね。共通の表を作って運用で差をつけるか,個々の昇給で差をつ
けるかだね。勤務評定が厳しくなるかどうかは,その大学がどう考えるかだ。
組合との力関係次第だ。
麻紀子: 一体,どうなってしまうんだろうか。どんなことをして行かなきゃならないの?
順一郎: 視点を高くして組織のスリム化とチューニングアップをすることが必要じゃないかな。
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14 今、何をするべきか
「戦略」といった、さわれば血が出るような言葉はジェントルな大学人は使わなかった。
しかし、これからの1年足らずは、国立大学にとって重要な期間となる。
1 移行期経営戦略
法人化までのあとわずか半年の間は、国立大学にとって重要な時間となります。視点を高くし、はっきりとした国立大学法人としての目標・移行期戦略を定め
ていく必要があります。
この時期は方向性を明確に示していかないと、思いつきで動くと混乱するだけとなる可能性があります。大学の肥大した組織のスリム化と、その上でのチュー
ニングアップ、さらに、右肩上がりの時代は過ぎ去ったのだとの意識変革の貴重な時期と思います。非効率なまま法人化が実施され、限りある運営費交付金が底
をつけば、「大学評価」により大学そのものの存続の問題となります。
病院は、明確な目標(病院経営戦略)を策定し、大学法人化に向けて効率的機能的な機構とする必要があります。
2 組織のスリム化
今までは税金の海をバックに法律や政策で作られた組織・機構、予算獲得上の目玉として必要以上の組織となったものなどを点検し、組織のシェイプアップ、 スリム化を行うことが必要でしょう。そのためには、特命を帯びたタスクフォース(任務部隊)委員会やWG(ワーキンググループ)を設置し、徹底した組織・ 意識の見直し、またそこから起こる問題を浮かび上がらせる必要があります。
3 チューニングアップ
スリム化した上で、各部門のコミュニケーション、情報共有、情報伝達の整合性を見極めることが必要と思います。大学内のすべての組織に言えることは、大
学は情報の高度なかたまりであり、情報インフラがきわめて重要ですが、このため大学内の情報基盤の見直しを図る必要があります。バラバラな情報化によって
情報が寸断されせっかくのシステム化なのにデータが生かされないなどの例は多々あるようです。情報はとことん生かすよう見直すことが重要です。
少々コストはかかりますが、専門家によるシステム監査はあとあと大きな効果を得ることができます。
4 コンピュータリテラシ
職員全体のコンピュータリテラシの向上はきわめて重要な課題です。ワード。エクセルマクロ、ACCESSのSQL文などを使いこなすことが必要です。事 務局でも、1係に1名は一定程度(初級システムアドミニストレータ程度)の能力を持った職員がほしいところです。このことが大学全体の業務等に計り知れな い効率化、効果を上げるはずです。このため、初級シスアドなどの資格取得のインセンティブを与える、などの対策が必要と思われます。
5 意識改革
国立大学といえども CS の意識が重要になります。
タスクフォースまたはWGはホームページを作成し、掲示板を持つことが必要でしょう。
教職員全体から様々な意見を収集すること、また教職員同士の意見交換の過程により意識変革をする事が可能となります。
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右肩上がりの時代は終わった。しかし、まだその意識は抜けきらず、組織を拡大するための予算を要求しつづけている。巨額の予算をいかに獲得するか、額が
大きければ大きいほどよいことであり、自らの権限の強さを見せつけることができる・・・、また、それを維持するためのランニングコストを無視して考え
る・・・この意識は半世紀前まで日本の旧軍が持っていた大艦巨砲主義の意識、補給無視の考え方と本質的に変わらないものである。日本人はそのような思考の
DNAを持った人種なのだろうか。
いま、法人化を前に必要なことは、組織のスリム化、ダウンサイジングとチューニングアップである。
もうどこからも指示は出てこない。国立大学法人化が具体化する今、自らの業務がどう変わるのか、あるべき業務の姿はどうなのか、どう対処すべきかを決める
しかない。
そして意識改革・・・それは何のための仕事となるのか、誰のための仕事となるのかを職員一人一人が考えることである。